由来

桜舞

一場 −桜狩ー

降りしきる桜の下で女が舞っている
真っ白な桜の花びらが乱れ舞う

男が現れる
豪奢な着物の男
物陰から垣間見る

女は舞いを終え誰にとも無く礼をする
男が手を叩いて囃す

「見事なり」

女は桜の陰に隠れ伏す

「逃ぐることなし
 褒美を与ふ
 現れ出でて名をなのれ」

女は答えず

「其は口がきけぬか
 なればよし
 明日も来む
 舞ひを見に」

女は答えず

男は女を今一度眺め去る

桜の花びらが舞い上がる


女は舞っている
男が見ている
降りしきる桜の花びらの下で

女は舞い続ける

男は女を求め空を掻き地を撫でる
舞うかのように
惑わされるかのように
女はいつしか男の腕の中に捕らわれる
男はいつしか女を抱いている

絡み合う二つの影
男と女

「汝は不思議なり」

女は答えない

「この腕に抱けども
 夢幻のごとく儚し」

女は答えない

「また明日も来む
 其を連れに」

男は一人で去る

降りしきる花びらの下
女が泣いている


女が泣いている
乱れ舞う花びらの下
男の腕の中で

「女よ何ぞ泣く
 我が屋敷に召さるるに」

女は答えない

「女よ何ぞ嘆く
 我が妻となるに」

女は答えない
ただ頭を振る

「女よ
 其に名を与へむ
 名も無しでは色も無し」

女は答えない
ただ震えるのみ

「女よ
 汝は桜なり
 淡く色づく桜なり」

女は答えない

いづれまた来む
 花を愛でに」

男は去る
桜という女を連れて

後には花びらが舞う
ただ白く


ニ場 −閨−

男と女がいる
薄暗い閨の中
白く揺れる二つの影

「汝は不思議なり」

男と女
抱かれる女
抱く男

「我が腕に抱かれども
 心受くることなし
 然れども求めむば拒まず
 汝は何者ぞ」

女は答えない

「汝は何者ぞ」

女は答えない

「然れども汝は答ふること能はぬ身
 汝が口を利けたらば
 口など利けぬが良しか
 口など利けねば
 欺くことも虚言すことも出来ず
 汝はな欺きそ」

女は答えない
ただ抱かれている

「汝は我がものぞ
 誰にも渡さじ」

薄暗い閨の中
男と女
二つの影
絡み合う白
白い


三場 −陰−

「彼は何者ぞ」
「口も利けぬものを娶るなど」
「彼のようなものを侍らすなど」

仕ふる者達
男は意に介さず

「彼は桜
 我が愛でし女
 汝らの知るところにあらず」

色めき立つ近習女房

「然れども
 見目美しきのみにて心なきものなど」
「人形のごとし」
「何より
 桜は散るものぞ」

「我が散らせじ
 彼は我が桜
 我が手にて守らむ
 汝らの知るところにあらず」

「然れども」

「口説し
 我は明日出づ
 仕度せよ」


四場 −閨−

女が舞っている
薄暗い閨の中
白く
誰に見せるともなく

男はいない

女が一人舞っている

見ている者がある
女房
近習
桜を見ている
隠れ
垣間見ている

「殿は出で立ち給ひたり」
「今を除きて時はなし」」

女は舞っている
静かに舞っている

垣間見る影達

「今こそ捨つるべけれ」
「総ては殿の御為」

女は舞っている

影が動く
女を捕へるために

女は舞ひ続ける
捕らわれつつも

捕らえるも者
捕らわれる者

引き
追い
囲み
翻り

総ては舞ひ踊るかのように

闇が総てを覆い隠す


五場 −修羅−

女は舞はない
捕らわれている
側仕え達に

男が見ている

「何故
 花を手折るがごときをせるか」

近習が答える

「此は不義をせし由により捕らへ給へり」

「真事か」

女は答えない
捕らわれている

男が見ている

「真事なるらし
 殿の留守に男と逢ひ交せりけり」

「桜よ
 此の申すことに偽りあらば
 舞にて示せ」

女は答えない
戒めは解かれた

男が見ている

「桜よ
 舞へ」

女は舞はない
戒めは解かれている

男が見ている

「桜よ
 何故舞はぬか」

「其は罪すべき」
「舞はぬ白拍子など不用なり」
「どこへなりと打ち捨てられ給ひたし」

女は舞はない
側仕え達が笑う

男が見ている

「桜よ
 汝は欺きけるか」

女は舞はない

男が見ている

女は舞はない

「刀持て」

男は見ている

「舞はぬ白拍子など不用」

女は舞はない

「答へぬならば
 我が手にて切り捨てむ」

男は構へる

「桜よ
 舞へ」

女は舞はない

男が切る

「誰にも渡さじ」

女は舞はない
赤い屍

男が切った
白い桜

女は舞はない
白い桜

男は舞はない

女はいない


六場 −閨−

男が寝ている
暗い閨の中
女はいない

男が寝ている
暗い閨の中
女がいる

男が寝ている
閨の中に白く
女がいる

女が礼をし舞ひ始める
白く
乱れる桜の如く
暗い闇の中

男が目覚める
暗い閨の中
女が舞っている

「桜よ桜
 汝は舞ふか」

桜が舞っている
暗い闇の中
男が見ている

「桜よ桜
 誰にも渡さじ」

女が舞っている
闇の中に白く
男が見ている

「桜よ桜
 我がものぞ」

男が舞っている
求めるように
誘われるように

男が舞っている

女はいない

男が舞っている
引かれるように
追うように

「桜よ
 汝が悪し
 汝は誰にも渡しはせじ」

男が舞っている
求めるように
抱くように

「桜よ
 汝が悪し
 美し過ぐる汝が」

男が舞っている
狂ふたように
殺めるように

止めにはいる側仕え達

「落ち着き給へ」
「静まり給へ」

男は聞かない
聞こえない

「桜よ
 汝は我のみのもの
 誰にも渡さじ
 此の腕より逃ぐることさせじ
 其が叶わずは
 此の手から汝を殺し
 永遠に契らむ」

男が舞っている
女を切るために
女を得るために

男が舞っている
誰にも止められない
ただ逃ぐるのみ

「御乱心」
「御乱心」
「桜に惑われたり」
「桜に狂われたり」

男が舞っている
暗い夢の内
切られる女房達
切られる近習達

倒れる灯

赤き血
赤き炎

赤の中
男が舞っている
女を切るために
女を得るために
求めるように
抱くように

燃え盛る炎の中
倒れ伏す屍の中
男が舞っている

ただ一人舞っている

赤い


七場 −桜舞−

降りしきる桜の下
白い花びらの中
女が舞っている
抱かれるように
逃れるように

女が舞っている
ただ舞っている

男が見ている
血で汚れ
恋ひ焦がれた男
抱くように
殺すように
男が舞っている

高砂の 尾上の桜 咲きにけり
  外山の霞 立たずもあらなむ」

男が死んでいる
降りしきる花びらの下
赤い屍

女が舞っている
降りしきる花びらの下
淡く色づく桜の下

女が舞っている
音もなく舞っている

桜は色づき
血の如く色づき

   了